あの頃の教習所は

今でこそ自動車教習所(自動車学校、ドライビングスクール)は、一般的なサービス業の理念に基づいた、接客業としてのホスピタリティに満ちていると耳にする。今どきの学生達に話を聞いてみても、何やら楽しそうな免許取得への日々を過ごしているようだ。

しかし、ある年齢層以前の世代にとっての自動車教習所は、一変して忌々しさに満ちた存在として浮かび上がってくるようである。

私が自動車教習所に通ったのは学生時代である。その時点では、まだクルマへの関心は低かったのだが、社会常識として免許は取っておかねば、という動機であった。住居から自転車で15分ほどの場所にある教習所に通っていた。

教習所がどういう所かというのは、既に免許を取っていた友人達からも散々聞かされていた。運転を教えてやっているという上から目線が基本姿勢として貫かれていて、高い授業料を払わされた上に屈辱的な扱いをされ、その見返りとして免許が与えられる、そういう場なのだ、と。

何しろある友人は、路上教習の途中で教員の言動に対して癇癪を起こし、その場でクルマから降りて帰ってきたという。「もう自動車免許は取らない」と授業料をドブに捨て、バイク人生に進んだ。このエピソードについて、他の友人達も概ね「わかるわかる」という反応だったので、教習所に通う覚悟というものが備わった。

入学申し込みに向かう道すがらも緊張感に身を震わせていたが、受付の事務職員の態度は、ごく普通であり少し拍子抜けするものだった。とはいえ、多少ホッとしたのも事実である。最初に受けた講習(座学)、こちらもまずまず普通の時間であった。こんな感じだったら意外とすんなり進むのか、と思っていたが、問題は運転教習(実技)にあった。

運転教習は教員とマンツーマンでクルマという密室内で過ごす時間となる。第三者の目がないこともあってか、教員の性格が著しく露呈することになり、その矛先は当然ながら受講生に100%向かうことになる。私の経験した限りでは、約30%が可もなく不可もない普通の態度で接する教官で、約10%が感じの良い教官だったという印象。残りの約60%という過半数を占めるのが、よくもまあこういう人材(?)が集まるものかと思わせる色んな意味での曲者揃いであった。


A教官

ミスター仏頂面。男性、推定55歳(当時)。人生に楽しいことなどあり得ない、という顔を四六時中見せていた。笑顔一切ナシ。褒めるということを知らない。何ら問題なく運転を終えても、何かしら課題(というか難癖)を指摘する。明らかなミスをしようものなら、徹底的に糾弾する勢いで迫ってくる。こちらから下手に出ても、一切態度を緩めることはない。受講者が年配だろうが、若く可愛い女性だろうが同じ態度だったらしい。いわゆる堅物。

B教官

神経質の総合商社。男性、推定35歳(当時)。芥川龍之介を5倍くらい神経質にしたような雰囲気。斜に構えたように助手席に座り、受講者の一挙手一投足を観察する。頻繁に何かに気づいたような素ぶりを見せるも、指摘はせず黙ったまま、という態度を繰り返す。たまに言葉を発する時でも、面と向かわず独り言のように呟く。笑顔一切ナシ。

C教官

一転して楽しい人ではあるが、おふざけの度が過ぎていた。男性、推定40歳(当時)。教習中、運転に関する指導は一切なく、終始雑談とバカ話ばかり。ふざけてブレーキ踏むは、シフトノブを引き抜くは、窓を開けて女子高生に話かけるは、やりたい放題。女性受講者へのセクハラ疑惑があるとかないとか。

D教官

心ここに在らずな雰囲気。男性、推定35歳(当時)。なぜか、好きな音楽に共通する部分があり、そんな話ばかりしていた。休日のことや、いずれ転職してどうのこうの、など教習中の自覚ナシ。嫌な思いはしなかったが、こんなんでいいのか、と感じたのも事実。私が卒業して間もなく望み通り転職したらしい。


今だったら、問題になりかねないエピソードもあったが、当時は自動車教習所なんてそんなもんだろうという社会通念がもあったのも事実。実際、カリキュラム的には順調に進んで、ほぼ難なく免許を取得することができた。冒頭にも書いたように、現在では少子化の影響もあってか、教習所も淘汰が進み、まともなサービス業の体を成しているようだ。まあ、でも二度と教習所には通いたくないものだが。

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